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三菱重工業(株)・三菱グループの行い

三菱重工業(株)の株価
三菱重工業(株)

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三菱グループの歴史

創業者・岩崎弥太郎
  三菱の歴史は、土佐藩郷士の子として生まれた岩崎弥太郎が、1870年に海運会社を興したことにより始まる。三菱は創業当初から積極的に政治家に取り入り、政商としての地位を手にする。
  そして第1次、第2次の両大戦など日本に大きな動乱・戦争のあるたびに政府の軍事輸送や軍艦の製造などを担い、莫大な利益をあげてきた。また、政府とのつながりを利用し鉱工業など他業種へも積極的に参入、あっというまに政商から日本有数の財閥コンツェルンへと発展を遂げてゆく。
  第1次世界大戦の頃には、三菱は5つの部門をもち、そのほか日本郵船、明治生命、東京海上、東明火災、東京倉庫、三菱製紙、麒麟麦酒などを擁するまでになっていた。

戦争と共に
両大戦によって、最も隆盛をきわめたのが三菱重工である。三菱の兵器製造部門である三菱重工は、太平洋戦争中に民間造船所が建造した軍艦の40%、戦闘機総生産量の機体重量で約40%、エンジン馬力数で約50%を生産したと言われている。
  このような軍需産業への傾倒ぶりから、ついたあだ名は「三菱軍需廠」。
  太平洋戦争における日本の戦闘力の屋台骨は、まぎれもなく三菱が支えていたと言える。

財閥から企業集団へ
  太平洋戦争の終結後、三菱はアメリカ政府による財閥解体の指令によって、財閥の中核をなす三菱重工が3つに分割されるなど、バラバラに解体されてしまう。
  「日本の金融、産業、商業のみならず、政府までも支配」していた財閥コンツェルン三菱は、この地上から姿を消したように見えた。
  しかし、1960年代中頃より、外国資本の侵入を防ぐという政府の要請もあって、バラバラになった三菱各社は合併や株式の持ち合いなどによって徐々に相互連携を強めだし、現在では日本最強の企業集団としてその名を世界にとどろかせている。

 

防衛庁との癒着・談合

防衛庁予算の1/3を牛耳る日本最大の軍事企業グループ
  1999年に防衛庁によって公表された平成11年度における防衛装備品の調達契約上位20社を見ると、調達契約額1位は三菱重工で約2,796億円、2位が川崎重工で約1,321億円、3位が三菱電機で1,120億円となっている。
  三菱重工と三菱電機の契約額を合計すると約3,917億円となり、これは防衛庁の年間調達額の約31%を占める。三菱グループによる上位独占はこの年に限ったことではなく、三菱重工は防衛庁の創設以来、ほぼ一貫して調達契約1位の座を保っている。
  三菱重工の製品は戦車・ヘリコプター・ミサイル艇・支援戦闘機など、三菱電機は主にミサイルを製造。私たちが兵器と聞いて頭に思い浮かべるものはほとんど製造しているわけだ。

癒着と談合
  防衛庁と納入業者との間の癒着や、納入業者間による談合も問題になっている。そうした例の1つとして、艦船製造入札の談合疑惑がある。
  毎日新聞2000年3月10日付け記事によれば、「同社に『艦船入札で談合が行われている』として、事前にそれぞれの入札での落札予定者の情報が寄せられていたが、入札結果はその通りになった」とある。もちろんこの談合の輪の中に、三菱重工の名前も含まれていた。

大規模な天下り
  いまやすっかりおなじみになった感のある省庁から民間企業への天下りも、防衛庁と取引先企業との間で頻繁に行われている。防衛庁の資料によれば、防衛庁と取引額の多い企業50社への過去10年間の天下りは、幹部クラスの自衛官・事務官だけでも756人に上る。
  最も多かったのが東芝で60人、ついで三菱重工で58人、三菱電機53人となっている。

 

日本国内で稼働している原発の約半数は、三菱重工製

究極の寡占産業:原発
  三菱重工が制作しているホームページを開いてみると、三菱重工の主要製品として、原水炉や核燃料サイクル装置などが写真入りで紹介されている。三菱がつくった原子力発電プラントは現在までに23基。現在日本で稼働している原発の数は52基であることから、日本の原発の約半数は三菱重工製ということになる。
  ちなみに残りの半数は、日立・東芝によって手がけられている。日本の原発建設は三菱・日立・東芝のわずか三社によってそのほとんどが担われている。

アジア諸国への売り込み
  最近では、原子炉メーカー3社は日本政府の後押しを受けて、経済発展の著しいアジア諸国に原発の積極的な売り込みをはかっている。台湾では、アメリカの原発メーカー、ジェネラル・エレクトリック社(GE)の下請けとして、第4原発の建設を東芝、日立、三菱重工が請け負うことが決まっている。
  またつい最近まで、三菱重工がやはりアメリカ原発メーカー、ウェスチングハウス社と共同で、インドネシアに同国初の原発建設を行おうとしていた。

非民主的、住民無視の原発計画
  
しかし、台湾や他のアジア諸国の市民は原発の建設に反対しているか、あるいは建設をまったく知らされていないのが現状だ。
  台湾の原発立地場所ある塩寮では、住民投票において96%の人々が原発建設に反対の意志を表明。
  インドネシアでは独裁政権によって原発の建設計画が一方的に進められ、現地の人々は計画についてなに一つ知らされていなかったのである。

 

三菱グループによる海外への公害輸出

深刻な被害をもたらしたARE事件
  AREとはエイシアン・レア・アースの略で、三菱化成が35%出資して設立した鉱石精製会社の名前。同社はマレーシアの北西部に工場を建設し、そこで82年からレア・アースというハイテク産業に欠かせない金属の製造を開始した。
  実はこのレア・アースを原料から抽出する際、プルトニウムと同等の毒性を持つと言われる放射性物質トリウムが副産物としてでてくるのであるが、工場の建設に際し、三菱化成は付近の住宅地への環境アセスメントを一切行わなかった。
  しかも、トリウムを含む廃棄物を適切に管理・処理するための備蓄施設をきちんと設けないまま、工場の操業を開始した。
  82年の操業開始から85年までの3年間、トリウムを含む廃棄物は何ら適切な処理をされないまま工場裏手の池に捨てられ続けられ、その結果、周辺の住民たちに、白血病、小児ガン、先天性障害の発生率がマレーシア国内平均の40倍以上、妊婦の流産および新生児死亡の率がマレーシア国内平均の約3倍など、異常な高率による病気や健康障害をもたらした。

三菱化成は今もなお廃棄物を放置したまま
  85年の2月に住民たちは、AREに対し操業停止などを求める裁判を提訴。工場の停止と操業再開が繰り返されるなど紆余曲折を経て、現在は工場側が自主的に操業を停止するに至っているが、三菱化成は残された廃棄物や工場の適切な処理を怠ったままである。

 

森林破壊と資源収奪

日本が世界の森林減少に大きく関わっている
  国連食料農業機関(FAO)によると、1990年から95年の5年間で、世界の森林面積は日本の国土面積の1.5倍にあたる約5,630万haが減少したという。こうした世界的な森林の減少に、日本は木材貿易の約2割を占める世界一の木材輸入国として、大きな役割を果たしている。

世界中から非難される三菱の森林破壊
  
三菱グループの総合商社である三菱商事は、世界の森林破壊に最も貢献した企業として、世界中でボイコットキャンペーンの対象になっている。アメリカではRAN(熱帯雨林行動ネットワーク)が、1990年より三菱グループの製品を拒否するボイコット三菱キャンペーンを展開してきた。
  彼らはニューヨークタイムスの全面を使って意見広告を出し、世界の熱帯林問題を引き起こした7人の責任者として、世界銀行総裁やブッシュ大統領、サラワクのタイプ首相などと並んで、当時の三菱商事社長諸橋晋六氏の顔を掲載し、三菱の責任を厳しく追及した。

諸悪は個々の「企業」ではなく「三菱グループ」にある
  彼らが展開するキャンペーンで注目すべき点は、ボイコットの対象を木材輸入の当事者である三菱商事だけではなく、三菱グループ全体にまで広げていることである。

  彼らは、三菱が160以上の“ケイレツ”からなる企業帝国を形成し、系列企業が相互に連携して企業活動を繰り広げた結果、世界各地で広範な環境破壊・文化破壊を引き起こしたとして、三菱グループ全体をボイコットの対象として扱うべきであると主張している。
  例えば木材輸入の流れを追いかけてみると、森林伐採現場へは三菱重工製のブルドーザーで向かい、三菱自動車製のトラックで木材を搬出、日本郵船(三菱グループ)が日本へ輸送し、三菱製紙が木材をパルプ化、そしてこれらの資金提供を東京三菱銀行が行うというような連携が見られるというのである。

  こうした連係プレーは森林伐採に限ったことではなく、三菱・三井・住友といった巨大企業グループは、資源開発プロジェクトや発展途上国のインフラ整備など、事業分野が多岐にわたる海外進出プロジェクトを多数計画し、大きな利益をあげてきた。
  資本が大量に投下され、資源の収奪や地域の実情にあわない開発計画などが強引に進められた結果、森林破壊や資源の枯渇、地元住民の文化・慣習の破壊など、進出先の国に大規模な自然環境・生活環境破壊をもたらしているのである。

 

不透明なカネのやりとり

2000年7月、三菱信託銀行から元金融再生委員長の久世公堯参院議員に
  2000年7月、三菱信託銀行が元金融再生委員長の久世公堯参院議員に対して、1983年から96年までの約12年にわたって顧問料という名目で毎年500〜600万円、総額約7,000万円を支払っていたことが明らかになった。
  久世公堯氏は法律上違法な行為ではないと主張しつつも、国会や世論の批判をかわしきれず金融再生委員長を辞任した。

1992年から4年間で総額64億円に
  三菱グループによるこうした不透明なカネのやりとりは、ここ10年間に限ってみても非常にたくさんある。96年に発覚した泉井石油商会事件もそのひとつ。
  この事件は三菱石油が泉井石油商会代表、泉井純一氏に対して92年からの4年間で石油取引の仲介取引手数料として約39億円を提供したもので、三菱石油と三井鉱山との石油取引に関連して三井鉱山からだまし取った額を含めると約64億円にのぼる。
  泉井氏はこうして三菱石油から得たカネを、政治家や官僚にばらまいていた。

三菱自動車・キリンビールらの総会屋対策
  1997年10月には三菱自動車が総会屋グループへ約900万円の利益供与を行っていたことが発覚し、その後の捜査で総会屋への利益供与は三菱電機、三菱地所など三菱グループに広範に汚染していることが明らかになった。
  1993年のキリンビール(三菱グループ)の総会屋への利益供与事件を機にグループ全体で「総会屋との縁切り」を申し合わせた三菱グループであるが、総会屋との関係の清算はあまりうまくいっていないようだ。
  1997年には、総会屋対策を含めた交際費として三菱自動車が毎年約1億円、三菱電機が毎年約1億6,000万円を支出していることがわかった。

 

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